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甲府地方裁判所 昭和49年(行ウ)3号 判決

原告 中村金蔵 外二名

被告 山梨県知事

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

「1被告が訴外中央国土開発株式会社に対してした(1)別紙一の(1)昭和四九年一月一七日付森計第一―一七の書面記載の同意処分 (2)別紙一の(2)昭和四九年七月二六日付四八関政第三、一二一号の書面記載の候補地の選定に関して異存ない旨の意思を表示した処分 (3)別紙一の(3)昭和四九年一〇月三日付森土第七―二四号の書面記載の設計確認処分はいずれもこれを取消す。2訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二  被告

(一)  本案前

主文同旨の判決。

(二)  本案

請求棄却の判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  原告らは、共同して別紙二目録記載の石炭採掘権を取得し、昭和四九年九月一七日、東京通商産業局長保管の鉱業原簿に右の旨の登録をうけているものである。

(二)  ところが、被告は、訴外中央国土開発株式会社(以下単に国土開発という。)に対して、(1)別紙一の(1)昭和四九年一月一七日付森計第一―一七の書面記載の同意処分 (2)別紙一の(2)昭和四九年七月二六日付四八関政第三、一二一号の書面記載の候補地の選定に関して異存ない旨の意思を表示した処分 (3)別紙一の(3)昭和四九年一〇月三日付森土第七―二四号の書面記載の設計確認処分をそれぞれした。

(三)  しかしながら、右各処分は、原告らの鉱業権を侵害する違法な処分であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否および主張

(一)  本案前

1(1) 請求の原因(一)の事実は認める。

(2) 請求の原因(二)のうち、被告が国土開発に対し(イ)別紙一の(1)昭和四九年一月一七日付森計第一―一七号の書面をもつて同社より昭和四八年八月二七日付で協議のあつたゴルフ場等造成事案について同意した(以下(イ)の行為ということがある。)ことおよび(ロ)別紙一の(3)昭和三九年一〇月三日付森土第七―二四号の書面をもつて同社より昭和四九年四月二四日付で申請のあつた設計について、設計の基準に適合することを確認した(以下(ロ)の行為ということがある。)ことは認めるが、(ハ)別紙一の(2)昭和四九年七月二六日付四八関政第三、一二一号の書面記載の候補地の選定に関して異存ない旨の意思を表示した(以下(ハ)の行為ということがある。)ことは否認する。右書面記載の意思表示をしたのは関東農政局長であつて、被告山梨県知事ではない。

2(1) 前記(イ)の行為すなわち国土開発のゴルフ場等造成事業計画についての同意(以下本件同意ということがある。)は行政処分取消訴訟の対象となりうる処分ではない。けだし、本件同意は、被告山梨県知事が山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化条例(昭和四八年七月九日山梨県条例第四〇号。以下「本件条例」ということがある。)第四条第一項に基づいて行なつたものであるが、同条例によれば、ゴルフ場等の大規模な造成事業を行なおうとする者は、(i)当該造成事業の計画についてあらかじめ知事と協議しその同意を得なければならず(第四条第一項)、その後(ii)工事の設計が条例の定める設計基準に適合するものであることについて知事の確認をうけなければならない(第九条第一項)こととされているので、本件条例に基づくゴルフ場等の造成事業の許可(同意は行政指導であり、設計確認は許可である)は同意―設計確認という二段階の手続を経て行われるものであるが、同意に関しては罰則規定もなく、同意があつても設計確認がなければ造成工事に着手できないのであるから、結局同意は国民の権利義務に何ら直接の具体的法律効果を生じさせない前段階の行為であつて、抗告訴訟の対象とはなりえないし、また実際上も具体的な法律効果の発生を伴なう設計確認に対しては処分の取消しを求める訴えを提起できこれにより権利救済の目的を達することができるのであるから、同意という前段階の行為に対し訴えの提起を認める必要性も妥当性もないのである。

したがつて、本件同意の取消しを求める訴えは、取消訴訟の対象となりえない行政庁の行為の取消しを求めるものとして不適法である。

(2) また、原告らは本件同意および設計確認によつて鉱業権が侵害されたと主張するが、同意は計画の段階で、設計確認は設計の段階で、本件条例に基づいてゴルフ場等の大規模造成事業の施行を許すことが防災行政上、土地利用行政上および自然環境保全行政上支障がないと認めたときにそれぞれなされる行為であつて、造成予定地の実体上の権利関係には何ら直接の関係はない。したがつて、第三者である原告らの鉱業権が設定されている土地につき同意および設計確認がなされたからといつて、これにより被告山梨県知事が原告らの鉱業権の存在を否定したとか、原告らの鉱業権の存在にもかかわらず申請者に適法に造成事業を施行する権限があると認めたとか、その他鉱業権に関して何らかの判断をしたことにはならないのである。それ故、本件同意および設計確認によつて、当事者以外の第三者である原告らが実体上の権利である鉱業権を侵害されることはありえない。特に鉱業権は許可鉱物を排他的に掘採取得しうることを内容とする権利であつて当然には地表を使用すべき権利ではないから、鉱業権の設定された土地であつても、土地所有者は法令の範囲内で自由に土地を使用しうるのであり、鉱業権が土地所有権の行使によつて侵害されることは原則としてありえないのである。

したがつて、原告らは、本件同意および設計確認の取消しを求める原告適格を欠いており、本件同意および設計確認の取消しを求める訴えは不適法である。

(3) さらに、前記(ハ)の行為すなわち昭和四九年七月二六日付四八関政第三、一二一号の書面記載の候補地の選定に関して異存がない旨の意思を表示したのは前記のとおり関東農政局長であつて被告山梨県知事ではないから、右(ハ)の行為の取消しについては被告山梨県知事は被告適格を欠いており、本件訴え中右(ハ)の行為の取消しを求める部分は行政事件訴訟法第一一条に違反する不適法なものである。

(二)  本案について

1 請求の原因(三)は争う。

2 被告は、国土開発から協議のあつたゴルフ場造成事業計画が本件条例第六条第一項各号に掲げる要件をすべて充足していたので、本件同意をし、昭和四九年一月一七日付森計第一―一七号をもつてその旨右国土開発に通知し、さらに同訴外会社からの設計確認申請について審査の結果、本件条例別表第一に掲げる設計基準に適合すると認められたので、設計確認をし、昭和四九年一〇月三日付森土第九―二四号をもつてその旨国土開発に通知した。したがつて、本件同意および本件設計確認はいずれも違法ではない。

被告は、本件同意および設計確認をするにあたり、鉱業権については勘案しなかつたが、本件条例は個人の実体上の権利保護を目的とするものではなくて、災害を防止し、秩序ある土地利用を図り、安全で良好な地域環境を確保することを目的とするものであるから、鉱業権とか所有権とかの実体上の権利に関する事項は審査事項とはなつていないのであり、鉱業権について審査しなかつたことは違法ではない。本件条例に定める同意および設計確認は覊束行為であるから、原告らの鉱業権が存在することを理由として同意をしなかつたり、或は設計確認をしなかつたりすることこそかえつて違法となるのである。

国土開発がゴルフ場を建設することによつて原告らの鉱業権が侵害される場合には、同社は同意および設計確認を得ても結局のところゴルフ場を建設することができないが、それは国土開発と原告らとの間で解決すべき事柄であつて被告の関知するところではない。

なお、被告は、本件同意をなすに当り、ゴルフ場造成予定地について農地法第五条第一項の規定に基づく農地転用許可をうけられる見込があるかどうかについて審査したが、これは本件条例第六条第一項第四号および山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化に関する条例施行規則第六条第六号により審査事項とされているからである。

三  被告の右主張(二の(一)の2、(二)の2)に対する原告らの認否・反論

(一)  本案前の主張について

1 二の(一)2(1)について

争う。本件処分は、国土開発がその計画したゴルフ場建設に着手しうるという法律上の効果を完成させるものであつて採掘権の行使に重大な影響を与えるから取消訴訟の対象となる「処分」に該当することはいうをまたない。

2 二の(一)2(2)について

争う。本件各処分は、原告らの有する採掘権の行使に重大な影響を与えることはいうまでもないから、原告らには本件各処分の取消しを求めるにつき原告適格がある。

3 二の(一)2(3)について

争う。

(二)  本案について

二の(二)2は争う。

原告らの有する石炭採掘権は地表をも当然使用できる内容を有するが、被告は本件同意をするに当り農地転用の許可が得られるかどうかをも勘案して同意しているほどであるから、鉱業権についても当然に勘案すべきであるのに、これについて勘案しなかつたことは違法である。もし、本件条例が原告らのもつ鉱業権を無視しうるとしているならば、このような条例は無効である。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一別紙一の(1)昭和四九年一月一七日付森計第一―一七号の書面記載の同意「処分」および別紙一の(3)昭和四九年一〇月三日付森土第七―二四号の書面記載の設計確認「処分」の取消しを求める請求について

一  争いのない前提事実

被告が国土開発に対し(イ)の行為をしたことおよび(ロ)の行為をしたことは当事者間に争いがない。

二  処分性の有無

そこで、右(イ)、(ロ)の各行為は行政処分取消訴訟の対象となりうる「処分」といえるかどうかについて検討する。

(一)  (イ)の行為の処分性

原本の存在と成立に争いのない乙第一、二号証、成立に争いのない第四号証および証人和泉定広、同岡博保の各証言をあわせると、(イ)の行為は被告が山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化に関する条例(昭和四八年七月九日山梨県条例第四〇号)第四条第一項に基づいてなしたものであることが認められる。

ところで、右条例によれば、ゴルフ場等の造成事業すなわちゴルフ場等を新設または増設するため土地またはその定着物の現状を変更し、または保存する事業を行なおうとする者は、(1)当該造成事業の計画についてあらかじめ知事と協議し、その同意を得なければならず(第二条、第四条第一項)、右の同意を得たときは、当該工事に着手する前に工事の設計が条例に定める設計基準に適合するものであることについて知事の確認を受けなければならない(第九条第一項)とされ、右確認を受けた後でなければ工事に着手してはならない(第一〇条)ことになつている。

このようにみてくると、ゴルフ場等の造成事業の事業主は、本件条例第九条第一項に基づく設計確認を受けることによつてはじめて適法に工事に着手しうることになるのであつて、第四条第一項に基づく同意を得ただけでは適法に工事に着手しうることにならない。そして、事業主としては、右の同意が得られたとしても設計確認を得るための途が開かれるだけであつて設計確認を得られるとは限らない。それ故、同意の段階ではいまだ何人に対しても法的不利益を及ぼすものではないと解するのが相当である。

そうすると、同意自体を取消訴訟の対象となりうる「処分」として把えることは相当でなく、結局(イ)の行為は取消訴訟の対象となる「処分」にあたるとはいえない。

(二)  (ロ)の行為の処分性

前記乙第一、二号証、成立に争いのない乙第五号証および証人和泉定広、同岡博保の各証言をあわせると、右(ロ)の行為は被告が山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化に関する条例第九条第一項に基づいてなしたものであることが認められる。

ところで、前にも述べたように、ゴルフ場等造成事業の事業主は、この設計確認を得ることによつてはじめて適法に工事に着手しうるという法的地位を取得するのである。そうすると、設計確認は、事業主に右のような法的地位を取得させる反面、これにより法的不利益を蒙るものを生ぜしめることも十分ありうるといわなければならない。

そうであるとすれば、設計確認を取消訴訟の対象となりうる「処分」にあたるとみるのが相当である。

(三)  帰結

結局、本件訴え中、右同意の取消しを求める部分はその余の点について判断するまでもなく取消訴訟の対象となりえない行政庁の行為の取消しを求めるものとして不適法なものといわざるをえない。

三  (ロ)の行為の取消しを求めるについての原告適格

そこで、原告らは(ロ)の行為の取消しを求めるについての原告適格を有するといえるかどうかについて検討する。

(一)  取消訴訟の目的の一つが行政処分の法適合性の保障にある以上本案審理を通じて行政処分の法適合性の審査をする途を狭く解すべきでないことは多言を要しないが、取消訴訟が客観訴訟でない以上、当該処分の適否を争うのに適するものは、当該処分により法的不利益を受ける者でなければならず、当該処分により法的不利益を受けない者は右の処分の適否を争うのに適する地位にはないといわざるをえない。そして、法的不利益を受けるといえるかどうかは、当該処分がいかなる事項についての判断によつて導き出されたか、原告は右の判断とかかわるかどうかを考えてみなければならない。

(二)  そこで検討するのに、

成立に争いのない甲第一号証、同第三号証、同乙第七、八号証、証人岡博保の証言によつて成立の認められる乙第六号証ならびに原告本人尋問の結果をあわせると、原告らは本件設計確認の対象となつた土地である山梨県南巨摩郡中富町大字西島、大塩地内、山梨県南巨摩郡鰍沢町大字十谷柳川地内一、三四〇、〇〇〇平方メートル中の一部につき昭和四四年以降石炭採掘権を有していることが認められ、昭和四九年九月一七日、東京通産局長の鉱業原簿に右権利の取得を登録されたことは当事者間に争いがない。

しかしながら、本件条例によれば、設計確認は、山梨県知事において事業主の設計が条例別表第一に掲げる設計基準に適合すると認めたときになされるものであるが、本件条例によれば、右設計確認は、山梨県が急峻な山岳に囲まれ、かつ、破砕しやすい番質により、しばしば大災害を受け、又は受けるおそれのある自然環境にあることに鑑み、災害を防止し、秩序ある土地利用を図り、安全で良好な地域環境を確保するという見地から設けられた基準であることが明らかであるから、右設計確認も右のような防災行政上、土地利用行政上および自然保全行政上支障がないかどうかという見地から加えられる判断に過ぎず、造成予定地の権利関係を対象として加えられる判断ではないと解すべきである。したがつて、この確認は、事業主に対し、前記防災行政上、土地利用行政上および自然保全行政上適法に造成事業を施行する地位を取得せしめるに過ぎず、造成予定地に関する私法上の権利関係とは無関係であるといわなければならない。換言すれば、私法的権利関係上、右造成事業を適法に行ないうるかどうかは、右設計確認によつて何らの影響を来さない。しかるに、原告らは本件造成予定地上に有する石炭採掘権の行使が妨げられることを原告適格を有することの根拠としているのみである(しかも、原告らが本件設計確認どおりの造成事業が行われた場合に石炭採掘権の行使が妨げられるという具体的事情も認められない。)から、原告らは本件設計確認の取消しを求める法律上の地位を有するとはいえず、その他原告らが本件設計確認の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するとみられる事実も認められない。

そうであるとすれば、原告らは、本件(ロ)の行為の取消しを求める原告適格を有しないといわなければならない。

(三)  帰結

結局、本件訴え中、(ロ)の行為の取消しを求める部分も不適法というほかない。

第二別紙一の(2)昭和四九年七月二六日付四八関政第三、一二一号の書面記載の候補地の選定に関して異存ない旨の意思を表示した「処分」の取消しを求める請求について

成立に争いのない乙第三号証の一、二および証人岡博保の証言をあわせると、別紙一の(2)の書面記載の候補地の選定に関して異存ない旨の意思を表示したのは関東農政局長であつて被告山梨県知事ではないことが明らかである。

そうすると、本件訴え中、被告山梨県知事を被告として右の行為の取消しを求める部分は被告適格を欠くものを被告として提起した不適法なものである。

第三むすび

以上のとおりで、本件訴えは、不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小笠原昭夫 生田瑞穂 山田公一)

別紙一の(2)、二〈省略〉

別紙一の(1)

同意通知書

森計第一一―一七号

昭和四九年一月一七日

中央国土開発株式会社

代表取締役社長 村田直弥殿

山梨県知事 田辺国男

昭和四八年八月二七日づけ協議のあつたゴルフ場等造成事業については、同意したので山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化に関する条例第六条第三項二規定により通知する。

条件

設計を進めるにあたつては、条例等の設計基準を遵守し、事前協議の際の基本設計に従うものとし条例第九条に基づく設計確認を受けること。

別紙一の(3)

設計確認通知書

森土第七―二四号

昭和四九年一〇月三日

中央国土開発株式会社

代表者 村田直弥あて

山梨県知事 田辺国男

昭和四九年四月二四日づけで申請のあつた設計の確認については、設計の基準に適合するので山梨県ゴルフ場等造成事業の適正化に関する条例第九条第三項の規定により通知する。

名称ならびに規模 富士川カントリークラブ 一八ホール

造成地の場所   中富町大字西島大塩地内

鰍沢町大字十谷、柳川地内

造成区域の面積  一、三四〇、〇〇〇平方メートル

条件

1 造成事業施行にあたつては、条例及び関係諸法令を遵守し、適正に施行すること

2 造成事業に基づき施行した防災施設及び排水施設(公共の管理に属するものを除く)については、将来にわたり事業主の責任において十分な維持管理を行ない、万一品質の低下をきたしたときは、速やかに修復等の措置を講ずること

3 三造成工事実施中において予測し難い防災上の施設の設置を必要と認めたときは、その指示に従い適切な措置を講ずること

4 事業主は、条例第一二条の規定(工事の際の遵守義務)に基づき自らの責任において、誠実に工事を施行しなければならない

5 事業主は、造成事業のうち、えん堤その他の主要工作物の工事であつて、工事の完了後外部から確認できなくなるものについては、工事の工程に応じて寸法、形状、位置、厚さ等を明らかにした写真、コンクリート強度試験等の資料を調整して事業場に常備するものとし、検査が終了するまでこれを保管するものとする。

6 事業主は、条例に基づく工事の完了届を提出する際は、あらかじめ土木施工管理士またはこれに相当する者をして必要な検査を行わせ、その検査報告書(事業主あてに提出されたもの)を添付して提出するものとする。

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